遺言があるが、遺言を使うことなく遺産分割協議に切り替えることはできるのかについて

相続・遺言コラム
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相続発生後、ご相談を受ける中で、遺言(財産のすべてを長男に相続させるという内容)があるのですが、諸事情により遺産分割協議に切り替えたいと相談される、または、行政書士が、遺言から遺産分割協議に切り替えた方が良いと判断するケースがあるのですがそのようなことは実際できるか、法的に問題がないのかということがあります。

結論としては、最高裁判例や関連する裁判例及び国税庁のHP及び実務上の運用から総合的に判断すると、条文に明確な記載はないものの、法定相続人全員の合意及び遺言執行者の同意があれば遺産分割協議に切り替えることも可能といえます

遺言を作成した経緯と相談例(実際の事例ではなく多少加工してあります。)

夫(遺言作成者)は、妻と長男夫婦とは、同居はしていない。しかし、老後の面倒を見ているのは長男夫婦のみで、夫(長男から見ると父)の気持ちとしては、長男に財産を任せて妻(長男にとっては母)の面倒を今後見てもらいたいと思っていた。また、東京で暮らしている独身の二男と、連絡を一切くれない長女には、財産を残す必要がないと思ったのと、仮に遺言がなく死亡すると遺産分割協議では、まとまらないだろうと考え、自分なりに数か月本などを参照し自筆証書遺言を書いていた

自筆証書遺言(自分の直筆ですべて書いた遺言)を見ると、不備とまではいえないが、

  • 遺言執行者の記載なし
  • ② 押印がされているが不鮮明
  • ③ 全体を通して読むと財産のすべてを長男に相続させるとも読めるが「長男に渡したい」とだけ書いてあった
  • ④ これまでの自分の想いなど遺言とは関係がないことも遺言と一緒に書いてあった

という状態で、自筆証書遺言の検認は、形式は満たしているので有効となりそうだが、銀行や不動産の手続きの際に内容の不備ありとして扱われる可能性があった

実務での運用

遺言は、故人が自分の財産の行方を指定したもので第一に尊重されるものです。そのため、遺言作成者の意思である遺言内容はその通りに実行されるのが本来のあり方といえます。

ただし、実務では、自筆証書遺言は、不備が多く相談をされたとき、手続の段階で不備として扱われる可能性が高いだろうと感じるものが多く存在します

特に、

  • ⅰ. 遺言執行者の指定がない
  • ⅱ. 内容が明確でない(1通りに解釈できない)

の2点は自筆証書遺言の不備としてよくある代表例です。遺言執行者の記載がない場合、銀行の相続手続きでは、法定相続人全員の同意書の署名+実印押印+印鑑登録証明書の添付を要求されるので、妻に加え、二男と長女の協力が必要となります。また、内容が明確でないものは、銀行の手続きにおいて不備として扱われることもあります。

そこで、特に、受遺者(遺言によって利益を受ける方)今回の事例でいうと長男が希望すれば、自筆証書遺言を利用して相続手続きをするのではなく、遺産分割協議に切り替えることができます

相続においての利害関係者は、基本的に法定相続人のみなので親族内の話です、そして、遺言によって利益を受ける方が遺言での手続きにこだわらないのであれば、故人の生前の意思は尊重すべきではありますが、これと異なる遺産の処理(遺産分割)でも問題は生じません。

そのため、相続の実務では、自筆証書遺言が出てきたとしてもその遺言が手続き上使えないものである、内容が何通りにも読めるような不備があるなどのときには、自筆証書遺言の記載内容は尊重しつつも受遺者、法定相続人全員、遺言執行者の同意があれば遺言を利用しないで遺産分割協議に切り替えることがあります。

法定相続人全員の同意というのは、遺産分割協議書があると同意した書面が揃ったといえますが、遺言執行者の同意は特に書面にしなくてもよいでしょう。利益や不利益を受ける者の全員が同意しているのであれば遺言執行者は、これを同意しない理由もないといえるからです。

判例、裁判例、実務上の扱い

最高裁判例と下級審裁判例での解釈

念のため、最高裁の判例や下級審での裁判例、実務上の扱いを検討してみます。

最高裁の判例では、平成3年4月19日最高裁第二小法廷判決によると、次のようになります。

一 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
二 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。

平成3年4月19日最高裁第二小法廷判決

この判例からすると、特定の財産を相続させるとの遺言があると、死亡直後に相続人に承継されることから遺産分割協議に切り替える余地がないともいえます。

ただし平成14年2月7日のさいたま地方裁判所の判決には、上記最高裁判例を引用したうえで、引用裁判例の通りに遺言があったとしても遺産分割協議が否定されるものではないとしています

特定の不動産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言がなされた場合に は,当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせた などの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして,被相続人の死亡の時(遺 言の効力の生じた時)に直ちに当該不動産は当該相続人に相続により承継される。 そのような遺言がなされた場合の遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の 承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても、当該遺 産については、上記の協議又は審判を経る余地はない。以上が判例の趣旨である (最判平成3年4月19日第2小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。しかしながら,このような遺言をする被相続人(遺言者)の通常の意思は,相続をめぐって相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにあるから,これと異なる内容の遺産分割が全相続人によって協議されたとしても,直ちに被相続人の意思に反するとはいえない。被相続人が遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別,そうでなければ,被相続人による拘束を全相続人にまで及ぼす必要はなく,むしろ全相続人の意思が一致するなら,遺産を承継する当事者たる相続人間の意思を尊重することが妥当である

さいたま地方裁判所平成14年2月7日判決

実務上の扱い

実務上では、自筆証書遺言が使えない場合に、法定相続人全員の同意で遺産分割協議に切り替えることもよくありますし、国税庁のホームページをみても、遺言があるにもかかわらず遺産分割協議をした場合の相続税や贈与税の解釈について解説しています。このことから国としても遺言があるにもかかわらず遺産分割協議をすることを想定しているといえます。

概要
特定の相続人に全部の遺産を与える旨の遺言書がある場合に、相続人全員で遺言書の内容と異なった遺産分割をしたときには、受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当です。したがって、各人の相続税の課税価格は、相続人全員で行われた分割協議の内容によることとなります。 なお、受遺者である相続人から他の相続人に対して贈与があったものとして贈与税が課されることにはなりません。

No.4176 遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税|国税庁

公正証書遺言があったとしても上記解説と同様に遺産分割に切り替えることも可能

ここまでは自筆証書遺言の不備等がある場合を想定してコラムを書きましたが、これが公正証書遺言であったとしても同様に遺産分割協議に切り替えることは可能です

そのような必要性が出ることは少ないですが、公正証書遺言通りに相続すると相続税に関する特例が使えないことがわかり、節税の観点から遺産分割協議に切り替えることがあります

具体的には、今回挙げた事例でいうと、図のように公正証書遺言通りに、長男にすべて相続させると配偶者の税額の軽減の特例小規模宅地等の特例が使えないことが遺言者の死後わかり、妻に相続させると2つの特例が使えるので遺産分割に切り替えたいというような場合です。

もちろん、長男、二男、長女の同意も必要ですが、関係性が遺言者の死後修復されていた場合などには、遺産分割協議というやり方もよいかもしれません

まとめ

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今回は、少しマニアックな内容ともいえますが、相続の実務では実際に問題となりうるものです。たまき行政書士事務所には、ネット情報で調べても解決できないような複雑な相続事案のご相談が比較的多くありますので、今回の相続コラムのようなご相談も実際にお受けしております

地方都市在住のお客様で近くの専門家に相談したが、その専門家が自信のない回答であった、暗に断られた、話がかみ合わなかったというお客様がいらっしゃいましたら一度、相続遺言専門のたまき行政書士事務所にお気軽にご相談ください

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